思い
生き方
考え
6月、晴れ。紙飛行士たちがいた公園にて。

そのおじさんは、平日もいた。
有休。甘美な響きです。永遠の安らぎを感じさせる語感。ま、たいがいは一日なんですが。
先日ようやく取れたんです、有休が。
わーいお休みだーなんて浮かれたのも束の間、やることがない。朝から早くも手持ち無沙汰。人間、仕事ばっかりしていると、休み方を忘れますね。
そうだ普段やらないことやろう。ということで、京都に行こうのテンションで近所の公園を散歩することにしました。
公園は花見の名所として有名なところなんです。桜が敷地の外周をぐるっと囲っていて、中央はだだっぴろい芝生の広場。
6月の晴れた朝、芝に朝露が降りていて、眩しいほどのフレッシュグリーンが一面に広がっていました。
世界ってこんなに美しかったっけ。なんて感じながら、テクテク歩いていると。
いました。平日もいました。
誰が。そう、この公園の名物おじさん。通称「紙ヒコーキおじさん」が。
その名の通り、週末に公園を訪れると、いつも彼は紙飛行機を飛ばしているんです。まさか平日もいるとは。しかも朝っぱらから。
ねずみ色のキャップ。紺のブルゾン。ねずみ色のスラックス。黒のスニーカー。地味。地味すぎて、朝の公園では逆に目立つ。しかも紙飛行機を飛ばしている。さらに目立つってもんです。
おじさんは、見るたびに違うタイプの飛行機を飛ばしているんですが、その日は飛距離を楽しむタイプでした。
彼は手にした機体を一瞬見つめて、上空に目線を移します。そして大きく振りかぶり、足を大股に開きながら腕を振り抜きました。豪快でありながら洗練された動作。鋭いバックホームのようでした。
飛行機はライナー線を描いて上昇。高度を上げきって失速し、ゆらりと力を失いました。
墜落するかと思いきや、どっこい機先が持ち上がり、翼が浮力を取り戻したのが見て取れます。
軌道はまっすぐ水平に。そのまま遠くの枝にひっかかるまで飛び続けそうな勢いです。
急上昇からの安定軌道。うちの売上もあんな美しいグラフだったらなぁ、と。
おじさんはキャップのつばを指でつまみ、小走りで飛行機を追いかけていきました。お見事。私はその背中へ心で拍手を送り、そのまま散歩を続けました。
おじさんにまつわる二つの謎。
さて。彼の仕事。謎です。
空や風と戯れる趣味なんて、センスいい。でも、センスで腹は膨れません。お仕事は何を?と。朝から紙飛行機遊びに興じるなんて、貴族でしょうか。
いや。もしかすると、遊びじゃないのかもしれません。あれは練習、あるいは試作機か何かのテストだったりして。だとすると、平日も週末も熱中できる仕事。商売仲間は空と風。そんな仕事、憧れます。
「紙飛行士」。思わず立ち止まってスマホで検索。そんな職業はありませんでした。でも、日本紙飛行機協会という団体はありました。そこの職員かしら。いや、そんな雇用を生むほどの経済的需要が、国内にあるとも思えません。あったりして。
世界は想像以上に広いもの。活躍の場は海外なのかも。となると職業名も英語でしょうか。Paper Pilot。こちらも検索ヒットなし。
謎は深まるばかり。とらえどころがない。まるで雲をつかむよう。紙飛行機だけに。うまいこと言えてない。
そんな益体もないことを考えながら、小一時間。私のようなおっさんが、真っ赤な他人のおじさんを思うには長すぎ。いつしか公園を一周していました。これもヒマのなせるわざ。
ふたたびスタート地点へ戻ると、さっきと同じ場所におじさんはいました。
今度は、割りばしの先に輪ゴムを括り付けたような発射器を使って。
おじさんは飛行機をひっかけたゴムを、ギューっと限界まで引き絞り、真上に飛ばしました。
垂直に上昇した飛行機は天頂で折り返し、そこから着地を焦らすように大きく螺旋を描きます。
ぐるん、ぐるん、ぐるん、ぐるん。どうやら今度の機は、軌道を楽しむタイプのよう。
おじさんは、じっと飛行機を見上げています。彼の目には、風が映っていたのかもしれません。
と、そこで。
飛行機が描く螺旋を、スッと何かが横切りました。
鳥ではありません。
紙飛行機が、もう一機。
「え?」
思わず口から漏れました。
私はあたりを見回しました。どこだ、二号機の離陸地点は。
「え?どゆこと?」
ずっと向こうの木の根元。そこに、おじさんがいました。離れていても分かります。ねずみ色のキャップ。紺のブルゾン。ねずみ色のスラックス。飛行機を追って、走り寄ってくるのです。
あっちのおじさんの靴は、黒。こっちのおじさんのは?あ。茶色。
おじさん、もう一人いました。まさかのツインコーデ。靴で個性を出していました。やっぱセンスいい。
飛行機を見上げるおじさん。飛行機を追いかけてくるおじさん。パラレルワールドが、目の前で交差します。
「どうですか」
「うん」
短い挨拶でした。それこそパイロット同士の敬礼みたいに。
紙飛行士たちのいる公園で
そこから二人は、つかずはなれず。ときどき何か言い交わしては、また自分のポジションに戻り、飛行機を飛ばしていました。お揃いの格好が、ユニフォームのように見えてくるから不思議です。
同じ趣味、場所、時刻。そして、ほぼ同じ服装。偶然と考えるには無理がありそうです。
彼らはどんな関係なのか。チームメイト。紙飛行機仲間。地元のともだち。ご近所さん。ただの顔見知り。恋人。どれもありえます。どれでもないかもしれません。いくつかが重なった関係なのかも。
なんにしたって素敵な関係だな、と。他人の想像など寄せ付けない関係が、豊かで羨ましかった。
彼らに羨望の眼差しを送りながら、私はあることに気づきました。
そういえば週末の公園では、二人が揃ったところを見たことがなかったのです。
おじさんたちだけではありません。家族やカップル、グループで賑わうなかで、男性の二人組が休日を楽しんでいる様子は、ほとんど記憶にありませんでした。
その公園だけなのでしょうか。本当はもっといろんな人が、いろんな在り方で、大切な人と一緒にいる方が自然なはずなのに。今の今まで、それに気づけなかった。
おじさんたちの関係は、知るよしもありません。知る筋合いもありません。他人の思い込みや、一方的なカテゴライズは暴力。彼らの関係に勝手に名前を付けるなど論外です。彼らの姿を週末に見かけないことに、特段の理由はないのかも。
でも私は、おじさんたちのいる公園に、自分の大切な人を連れて行きたいと思うのです。
誰もがありのままで、それぞれの大切な人と、思い思いに過ごしている公園に。それが当たり前の風景としてある公園に。だって彼らのいる風景が、自由で、自然で、私にはとても心地よかったから。
次の週末も、二人の姿を探してしまいそうでした。もしあの紙飛行士たちがいてくれたら、その時はきっとまた、心地よい風が吹いているのだと思います。私もその風にあたりたいなと。
未来にも、きっと白南風が吹いている。6月、プライド月間にて。
【著者】草冠結太
ダイバーシティ・コンテンツ・リサーチャー。ダイバーシティ&インクルージョンにまつわるイベントやコンテンツを幅広く取材・執筆。あとヒップホップも。
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