人間関係
映画感想
15分後の幸せが約束された短編映画「ストレンジ」
たった15分で、人はこんなに幸せになれる。
「ストレンジ」は、そんなショートフィルムだ。
好きなことが見つからず、部活を選ばず塾に通うオデコちゃん。高校生。
好きなことに食欲旺盛で、夢まであるドラァグクイーンのクマさん。
二人が出会って、友だちになって、お出かけする。そんなひと冬のお話。
映画は二人の会話で展開していき、機微の移ろいを丁寧に描いていく。
だから大きな転換があるわけではない。そして、そこがいい。
恋ではない。憧れでもない。友情と呼ぶには淡く、でも運命的なほど通じ合う。そんな繊細な関係を、乱暴な運命に荒らしてほしくなかった。
うっかり出会ってしまった二人は楽しそうで、それでいてうっかりなりにぎこちなく、どこか儚い。もう少しだけ永遠に、彼らを愛でていたかった。
そんな気持ちにさせてくれたのは、1シーン1シーンの美しさ。それが積み重なると、どこかに存在していてほしいもう一つの世界が立ち上る。
主役である荒木飛羽の演技が、それを可能にしていた。
たどたどしく演じているのか、演技がたどたどしいのか。
もちろん前者だろうが、自分が定まらないオデコちゃんの寄るべなさが、仕草のすみずみに表れていた。とりわけ目線の演技が、生々しかった。
道に迷っている人を見かけるとこっちまで不安になる。あの感じを、観ていて思い出した。
しかし同時に、オデコちゃんはやさしい。クマさんにやさしい。自分のことも手探りなのに、その手を差し伸ばすことに戸惑わない。
青年期ならではの心許なさと、芯を秘めた優しさが、瞬間ごとに出たり入ったり。役どころ、難っ。演じていた荒木飛羽に、心地よい揺らぎを感じた。彼の存在自体に、1/fゆらぎでもあるんじゃないのか。
そしてなんと言っても、もう一人の主役、ドリアン・ロロブリジータ。
よっ!待ってました!千両役者!である。
彼の居姿、立ち姿、顔立ち、声、歌。男性としての彼も、クイーンとしての彼女も。私は惚れ惚れしてしまうのだ。
原作キャラクターの資質と、それ以上の魅力を兼ね備えた役者でなければ、原作を超えた印象を与えられないと思っている。当然そこに演技力も求められるし、原作が漫画とあればとくにシビアかもしれない。一筋縄ではいかないだろう。
しかしドリアン・ロロブリジータは、それを軽々超えてきた。クマさん役は、氏以外には考えられない。あり得ない。
存在感。華。
遠くを歩くだけのロングショットでも、ちゃんと”その役”が歩いて見える。とにかく画になる。幕がもつのだ。
しかもあの、引力の演技。
クマさんは、ゴージャスでナイーブ。かわいい野心家。スマートで歪。そんなミラーボールみたいな性格を、一筆書きの人格として演じなければならない。しかもオデコちゃんの成長に影響を与えるほど、魅力的な人物として。
どうしてあれほどまで、人の愛しさを表現できるのか。
ドリアン・ロロブリジータの演技のキャリアは、まだ浅い。はず。
映画「エゴイスト」が初挑戦だと、自身が言っていた。あれが2023年1月。信じられるか?どんだけのポテンシャルが、彼に埋蔵されているというのか。
きっと世界がほっとかない。日本初となる、国内外ともに制するオープンリーゲイのアクターにしてアクトレス。早く世界に知られちまえ。
そしてこの映画はやはり、ドラァグクイーンという存在が必然だったのだと思う。原作はもとより映画化にあたっては、物語に深みを与える効果が、さらに強くなっているんじゃないか。
終盤、オデコちゃんはとある件について、自分の気持ちを母親に伝える。
もしかすると原作にはなかったシーンかもしれない。彼が何を伝えたかは本編で見届けてほしいところだが、オデコちゃんが自分らしさへ向かって一歩踏み出す瞬間は、大きな見どころだ。
その一歩の踏み出し方が、オデコちゃんらしいのだ。観ているこちらは、彼の決意に「いいねぇ、いいねぇ」と顔が綻んでしまう。
自分らしい方法で、自分らしくあること。
ドラァグクイーンは、男性らしさや女性らしさといった”らしさ”を誇張し、揺さぶり、「アンタはどうなの?」と問いかけるアートフォーム。
彼もまた揺さぶられたのだ、クマさんという一つの作品に。そこにどんな存在が代入できるというのか。
さらにもう一つ。
夜になると、クマさんは決まってメソメソ泣く。
しかしオデコちゃんの成長に二人で笑顔になった日、それまでの夜が少し意味を変える。
青年は、夜の魔法で大人になる。悲しみから煌めきへのメタモルフォーゼを描く上で、ドラァグクイーンの両義性が物語と響き合っているように見えた。
街頭の下で、ずっとおしゃべりしていたい夜。どこまでも歩いていたい夜。
二人を見ていると、幸せな気持ちになるのだ。こんな友だちいたら、楽しいだろうな。
いつか自分にも訪れてほしかった夜を、彼らは今日も生きているのだろう。
「ストレンジ」眠れない夜におすすめの映画です。
【著者】草冠結太
ダイバーシティ・コンテンツ・リサーチャー。ダイバーシティ&インクルージョンにまつわるイベントやコンテンツを幅広く取材・執筆。あとヒップホップも。
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