ナナイロパレットへ
ナナイロパレットへ

コラム

2023-08-27

イベント

レポート

生き方

考え

手記の朗読と歌で、HIVの今を知る。「Living Togetherのど自慢」に行った

(本稿はプライバシーに配慮し、会場の様子は撮影せず、個人に関する記載は公式サイトの情報に留めています)

入口のドアを開けるなり、私は左手をポケットに隠すのをやめた。
そこが安心していられる空間だと、すぐにわかったからだった。
薬指に指輪をはめた自分は、その場にふさわしくないのでは。そう怯えていたのだが、ホッとした。

私が訪れていたのは東京・新宿2丁目のスナック九州男。新宿に長く通っていれば、一度は耳にする老舗だ。
そこで「Living Togetherのど自慢」というイベントが開かれていた。
HIV陽性者とその周囲の人たちの手記を読む、という催しらしい。

手記を読むと言っても、たんなる朗読会ではない。
内容が内容だけに、うつむきがちな時間がひたすら続く、と思いきや。
朗読に、カラオケのど自慢がつく。念のためもう一度。カラオケのど自慢がつく。
HIVとのど自慢。シリアスとポップの、めくるめく高低差。

かといって
「歌でも歌って元気にいきましょう!」
といった能天気なものかといえば、それも違うらしい。
主催は、HIVや性感染症の啓発・予防活動をしているNPO法人。協力には東京都福祉保健局が入り、医師もコメンテーター兼情報提供者として参加するという。
字面からひしひしと伝わる、ちゃんとしてる感。座組みも信頼できそうだ。

公式サイトによれば2006年から開催されており、今回で62回目。つまり17年間、平均して年3〜4回ペースで実績を積んでいる、ロングランイベントということになる。
これまでの出演者は700人以上、来場者ともなれば2,000人超とのこと。これは去年の数字なので、おそらくもっと増えているはずだ。
しかも来場者の6割以上は、一見さん。つまり初来場。

明るい。信頼と実績。初心者多し。うん。これなら自分も行けるかもしれない。
サウザンブックス刊行の「LGBTヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100年の闘い」を読み、歴史の転換点となったHIVの現在地について知りたかった私は、おっかなびっくりこのイベントに参加したのだった。

17時開場。
参加費は500円。しかしこれは1ドリンク代を含んでいる。お得。界隈の相場から言えば、ワンコインでお酒が飲めるなんて破格も破格だ。グラス片手に、リラックスして。そんな運営者の気遣いがうかがえた。
当日は降水というより放水に近い豪雨だったにも関わらず、ほぼ満席だったのも納得。

来場者はざっと3〜40人くらいだったろうか。働き盛り世代の男性が多いが、女性もいる。白髪の先輩、20代と思しき若者も。まさに老若男女。
顔見知り同士で談笑している人、初めて来たんです的な話をしている人、私のようにピンで来ている人。みながチビチビやりながら、開演までのひとときを思い思いに過ごしていた。町内会の寄り合いとか、どこかの会社のキックオフとか。そんな雰囲気。
気後れしないし、ひとりぼっち感もない。場の距離感がちょうどいい。おそるおそる飛び込んだ私にとって、とてもありがたいグッドバイブスだった。

窓の外はまだ明るい。夏の夕方に飲むビールは、どうしてこんなに美味しいんだろう。
肴はDJが選ぶ昭和歌謡。ちあきなおみの歌声が、ここが二丁目であると実感させてくれる。
開演前にジョッキを空けてしまった。ということで、もう一杯。

ジンバックを作ってもらっている間に、雨で遅刻していた出演者が到着し、いよいよスタート。
フライヤーによるとその日の出演者は、一般社団法人スワローポケット代表理事でASK認定依存症予防教育アドバイザーの風間暁さん。字幕屋/俳優/監督の松田慎介さん、ドラァグクィーンであり性教育パフォーマーのラビアナ・ジョローさん。
コメンテーターにL.I.Gさんと、一般財団法人博慈会 長寿リハビリセンター病院 内科の山口正純医師という顔ぶれだった。

出演者が手持ちの原稿を見ながら朗読していく。その内容は、やはり想像を遥かに超えていた。
いや、知らないことが多すぎた、というのが正直なところだった。HIVをきちんと知ろうとしてこなかった私が、陽性者や周囲の人の心のうちまで思い至るわけもなく。
テーブルにグラスを置いたきり、手を伸ばす気などすぐに失せてしまった。

出演者の様子や朗読の内容を、ここで書き記すことはしない。あの物語は、あの日あの時、あの場所に居合わせた人たちだけで共有するものだと感じたからだ。

その代わり、現在公式サイトにアップされているイベント紹介動画の内容を引用する。
「友達と一緒に何気なく受けた検査でしたが、頭のどこかに『もしかしたら・・・』というのもあって、思ったよりショックは受けませんでした」
「今の職場は、ボクを切り捨てなかった。保釈されたボクを迎えた職場の仲間たちは『おかえり』と言ってくれた」
「最後はゲイもノンケの中で生きていかなくちゃいけないし、HIVもそうじゃない人と生きていかなくちゃいけないんだけど、その時に周りの人がどう接してくれたかで、その人の人生がすごく変わるなって」

現実、祈り、希望。その日、朗読してくれた出演者たちの声を、表情を、私はずっと忘れないだろう。
本当の敵はウイルスではなく、孤立なのかもしれない。

さて。一人目の朗読が終わった後、私は面食らうことになる。
「はい。朗読ありがとうございました。では何を歌われますか?」
司会者が暗すぎず明るすぎない、慣れたテンションで仕切りを入れた。

え?もう歌うの?朗読して、すぐ歌うの?

そう。朗読の後、出演者は板づきのまま、ゆかりのある曲やメッセージを込めた曲を歌うという趣向だった。つまり、朗読とのど自慢のバイアスロン。

厳粛な朗読コーナーと、賑やかなのど自慢コーナーの二部制だとばかり思い込んでいた。が、違かった。
初めての私は耳がうろたえるし、出演者にしたってどんな自意識でマイクを握るんだろうか。

しかしそこは62回を数えるさすがの長寿企画。年季が違う。そんな戸惑いは想定内、とっくに解決済みらしい。リピーター来場者も「待ってました」とばかりにいろめき立っていた。

はたして。
この食べ合わせ知っちゃうと、知らなかった頃を思い出せないよね。ということってないだろうか。朗読と歌は、まさにその組み合わせだった。
いかんせんHIVに関する手記なのだ。どんな内容であれ、痛みを言葉でなぞることになる。だからこそ、そこには言葉以上のハグのようなものが必要になる。
出演者たちの歌は、窒息しそうなこちらの心を、優しく背中トントンしてくれた。もしかすると読み手である出演者自身の心も、かもしれない。
こういう言い方もアレだが、初訪問のスナックで音楽の本質に触れることになるとは、思いもよらなかった。
「あぁ・・・」
ようやく私はジンバックが喉を通り、ジンジャーエールの香りが鼻を抜けた。

朗読とのど自慢は、こんな調子で進んでいった。
ちなみに。朗読に匹敵するほど印象に残る歌い手もいた。のど自慢、おそるべし。

中入りは、山口正純先生からの小話と情報提供。
感情を揺さぶられまくっていた私には、ちょうどいいハーフタイム。
「あぁ。このお勉強な感じ、馴染みあるわ。一息つけるわ」
肩の力を抜きながら、先生の話に耳を傾けた。

U=U。Undetectable=Untransmittableの略で、日本語にすると「検出限界値未満=HIV感染しない」。
たとえ陽性者でも適切な治療を受け、血中HIV量が検出限界値未満で継続していれば、性行為で他人に感染してしまうことはないという。だから、HIVをめぐる差別や偏見をなくすことが大切であると。
「へぇ」
死の病でなくなったとは聞きかじってはいたものの、そこまで進歩しているとは。
無知ゆえの偏見。うっかり差別してしまう寸止めの、ギリギリのところに私はいたということだ。
HIVだけじゃない。自分はきっと、そんなことばかりなのだろう。

さらに。性交渉する前から薬を使い、感染リスクを減らす予防方法があること。それをPrEP(プレップ:曝露前予防内服)ということも知った。
とはいえ性感染症はさまざまあり、手間もお金も負担の軽いコンドームは有効な方法であることに変わりないこと。
セックスにアクティブな人は、三ヶ月に一度程度はHIV検査を受けた方がよいことも。

先生は、海外では新規感染者が減っており、たとえばシドニーでは9割も減少したとも話していた。
本当かよ、と思い検索したら、本当だった。疑ってごめんなさい。

シドニーのエイズ感染者が9割減少 適切な予防戦略実施

https://www.nikkei.com/prime/ft/article/DGXZQOCB2537U0V20C23A7000000

先生の話が門外漢の私にもすんなり理解できたのは、敷居を下げた語り口もあるけれど、セックスの機微を踏まえていたからだった気がする。
頭でっかちな”べき論”はナシ。人にはいろんな事情や状況がある。わかっちゃいるけど、ままならない場合もある。すべておりこみ済みで話していた。人間理解が深いというか。
そういう言葉は心に残り、お守りのように持ち運べる。

不勉強な私には、ほんの10分かそこらのトークが大変な学びになった。自分で勉強していたら、きっとその何倍もかかっていたと思う。挙げ句の理解度だって、アヤシイものだったはずだ。
医療的な情報はファクトがすべてではない。文脈やニュアンスを正しく理解しなければ、実用的な知識・知恵にはならない。

19時。予定通り終演。
ハネた後もお店にはそのまま残って、お酒や談笑を楽しむことはできたらしい。
私は一人でグラスを傾けるのが、すっかり寂しくなっていた。かといって初対面の人とスツールを並べるほど社交的でもなく。「どなたか構ってください」とオロオロしてしまう前に、そそくさと会場を後にした。
地上3階からの階段を降りビルを出るまで、会場からはワイワイケラケラが聞こえ続けていた。

すっかり日の暮れた二丁目を歩きながら、足を運んで知ることの大切さとか、充実を思った。書籍やネットもいいけれど、続いているイベントには、続いているだけの魅力が、現場にあるのだ。
希望を感じるイベントだった。教えてあげたいヤツの顔が、何人か浮かんだ。

ちなみに。このイベントを主催しているNPOはaktaという。
新宿2丁目に、HIVやエイズなどのセクシャルヘルスの情報センターを構えている。だれでも使えるオープンスペースもあったりする。らしい。

利用日は決まっているみたいだけれど、関東近郊からならアクセスしやすいところにあるし、関東圏外からでも出張や旅行のついでにふらりと立ち寄れる立地だと思う。なんかオシャレな雰囲気だし。

そしてこのLiving Togetherのど自慢、どうやら次回は11月とのこと。ご興味のある方はぜひ。
私も、友人に話してみようと思っている。

akta:https://akta.jp/

Living Togetherのど自慢:https://akta.jp/nodojiman/5127/

【著者】草冠結太

ダイバーシティ・コンテンツ・リサーチャー。ダイバーシティ&インクルージョンにまつわるイベントやコンテンツを幅広く取材・執筆。あとヒップホップも。 

Twitter:@kusaka_musuta 

Instagram:musuta_kusaka

note:https://note.com/kusakamusuta

ぜひフォローお願いします。

掲載をご希望の方はこちら