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コラム

2023-04-06

トランスジェンダー

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映画感想

生き方

キャリコン視点の映画評論「片袖の魚」にみる転機:過去との決別

無料配信!

この言葉を見つけた私は、迷っていたコラムのテーマを遂に決めました。

2023年3月31日は、「国際トランスジェンダー可視化の日」として様々な情報がTweet上にみられました。そんなTweetの流れの中に、映画 『片袖の魚』 の無料配信!という言葉を見つけたのです。この映画はトランスジェンダー当事者がトランスジェンダー女性の役割を初めて演じた事で知られ、小劇場での上映を続けています(このコラムが掲載される頃には無料公開は終わっていますが、おそらくどこかの劇場で上映しているでしょう。ぜひ見てほしい映画です)。

昨今、LGBTに関係する映画やドラマが多数登場してきており、大きな時代の変化を感じていた私(神田)は、この映画をすでに観ていましたが、無料公開をきっかけにあらためてこの映画をキャリアコンサルタントの視点で観てみようと思ったのでした。そして、世界中に数ある映画の中から、ジェンダー課題に示唆を与える名作を紹介するシリーズをコラムとして書いてみようと決めました。

さて、シリーズ第一回を前に、私の自己紹介をします。

私(神田)は、一般社団法人ジェンダーキャリアコンサルティング協会にウェブディレクターとして参画し、副代表を務めるキャリアコンサルタントです。自分のキャリアに迷子になりそうだったことをきっかけにキャリアコンサルタントの勉強をし、せっかく取得した資格を活かしていきたいと、ジェンダーに関して関心を持っていた同じくキャリアコンサルタントの方と話が盛り上がり、近日、書籍を出す予定です。そのタイトルは、「男はスカートをはいてはいけないのか? キャリコン視点のジェンダー論」です。(Amazon: https://amzn.asia/d/ccX8rnx)

小さいころ、作家にあこがれていた私にとっての初の書籍ですが、既に次の書籍を出したいという思いもあり、続編のつもりで、今回のテーマを「キャリコン視点の映画評論」としました。お付き合いいただけますと幸いです。

映画紹介

2021年|日本|34分|監督:東海林毅(しょうじ・つよし)|
主演:イシヅカユウ

自分に自信を持てないトランスジェンダー女性が新たな一歩を踏み出す物語を描いた短編映画です。詩人の文月悠光(ふづき・ゆみ)さんの同名作品が原案で、東海林毅(しょうじ・つよし)監督が脚本・映像化。日本初となるトランスジェンダー当事者の女性俳優オーディションにより、モデルのイシヅカユウさんが主役に抜擢されたことでも知られます。音楽は蓮沼執太フィルでドラマーを務める尾嶋優(Jimanica)がオリジナル楽曲を提供。主題歌「RED FISH」の歌詞は原案の文月悠光が映画のために書き下ろした。

公式HP https://redfish.jp

公式Twitter https://twitter.com/katasodefish

公式Facebook https://www.facebook.com/BAGMOTH/

ストーリー

トランスジェンダー女性の新谷ひかり(イシヅカユウ)は、ときに周囲の人々とのあいだに言いようのない壁を感じながらも、友人で同じくトランス女性の千秋(広畑りか)をはじめ上司である中山(原日出子)や同僚の辻(猪狩ともか)ら理解者に恵まれ、会社員として働きながら東京で一人暮らしをしている。ある日、出張で故郷の街へと出向くことが決まる。ふとよぎる過去の記憶。ひかりは、高校時代に同級生だった久田敬(黒住尚生)に、いまの自分の姿を見てほしいと考え、勇気をふり絞って連絡をするのだが――

「片袖の魚」公式HPより

一言コメント

 映画の中で各所に散りばめられたマイクロアグレッションのシーンは、ゴボゴボと水中にいるような泡の音と演者の何とも言えない苦悩の表情により、見ているこちらまで辛くなります。マイクロアグレッションとは「小さな攻撃性」のこと。言葉を発する側は差別や傷つける意図はなくとも、無意識の発言が相手の心に影を落とすような言動・行動のことを言います。本映画では、マイクロアグレッションがどのようなものであるのか、とても分かりやすく表現されています。当事者が演じるからこそのリアリティがある映画です。

「片袖の魚」にみる転機:過去との決別

ここから先はネタバレを含みますので注意ください。

ストーリー<ネタバレ含む>

この映画は一人のトランスジェンダー女性が過去との決別を経て一歩を踏み出す物語です。アクアリウム販売/リース会社に勤めながら東京で一人暮らしをする主人公は、仕事先でトイレを借りる時に誰でもトイレを勧められたり、クマノミの性転換を「変な魚だね」と何気ない一言に傷ついたり、なかなか自分に自信を持てないでいます。そして、同僚との会話の中で、「私、まだ完璧じゃないし・・・」と女性としてのアイデンティティに自らレッテルを貼ってしまっています。そんな主人公のもとに、ある時、故郷の町近くでの出張仕事が入ります。学生時代に思いを寄せていた同級生と連絡を取るか迷う主人公(ひかり)。彼から電話がかかってきたときに話す声色の変化は、トランスジェンダー女性当事者が演じているからこそのシーンだったように思います。

ひかりが意を決して故郷に戻り、仕事後に友人に会いに行くと、そこには高校サッカー部の同級生が皆勢ぞろいして,ひかりのことを高校時代の呼び名で声をかけてきます。「いつからそうだったの?」「そのころからちょっとオネエっぽかったよね」「今日いるメンバーの中でだれが一番タイプ?」等、好奇の目にさらされながら耐える時間を経て帰り際、同級生の彼と別れるシーンになります。数年越しの片思いを告げることもなく、近々、子供が生まれると誇らしげに発表した同級生の彼。「また会おうな光輝(ひかりの昔の名前)」と言われたひかりは、貰ったサッカーボールを投げつけ、東京へ帰っていきます。昔の名前で語りかける友人に対してひかりは言います。「わたしの名前はひかり!」と。ラストシーン、主題歌「RED FISH」が奏でられる中、ひかりは真っ赤なドレスを着て夜の新宿の街をさっそうと歩きます。最悪の再会を経て、何か吹っ切れたようです。

転機は「何かが終わる時にはじまる」:ブリッジズのトランジション理論

本作の主人公ひかりは、不完全な自分に自信を持てずにいましたが、長年の片思いの終焉により、次への一歩を踏み出すことにつながります。このことをキャリア理論の大家、ブリッジズの理論に当てはめてみたいと思います。ブリッジズはその理論を通して、キャリアの変化などに際して個人の心に起こる心理的変化を3段階のモデルで表しました。自分が望まない変化に対して多くの人は目標を失いがちで、自分に自信が持てなくなることがあります。しかしブリッジズは心理的に落ち込むことがあっても、何かの終わりは何かの始まりであると主張し、過去と決別し新しい自分を発見する良い機会だと述べています。まさに、ひかりが過去(片思いの未練)を断ち切り、恋の終焉が次のステップへの始まりだったのです。ブリッジズの理論では、次に喪失感、空虚感をしっかりと受け止める第二段階(中立期)を経て、自分自身を受け止めて目標を整理して実行する第三段階(開始)へと進みます。

東京へ帰る電車の中、窓の外を流れる光は、主人公が「心理的な空虚感(宙ぶらりん)」をもちつつ過去を振り返りながら未来へと自分の内なる声を聴く時間でもあったのかもしれません。

転機を乗り越えるには「支援し支えてくれる人々や人間関係の存在」が大切:シュロスバーグ

もう一つ、この映画の中で転機を乗り越えるのに大切な存在が描かれています。トランスジェンダーの人々のサバイバルには、トランスコミュニティとの繋がりとサポートが重要だと言われていますが、この映画全体を通じて主人公が息を付けるサポートの日常(例えば、会社での同僚の存在、バーにおける仲間等)が描かれています。主人公の友人・千秋役を演じたのもまたトランスジェンダー女性だという事を後で知り、少し驚きました。友人・千秋を演じたのは、グラビアアイドルの広畑りかさんという女優さんですが本当にきれいな方でした。LGBTの人々を描くにあたって、当事者だけを単体で取り上げていたのではみえてこない、描きようのないことがあるように思います。主人公ひかりが「不完全な自分」から、自信をもって次へ歩みだせた背後には、職場環境・友人の存在があったことも見逃せない視点なのではないでしょうか。

 

キャリアコンサルタントは、職業をあっせんするだけが仕事ではありません。クライアント(相談者)の立場に立って人生を考える頼れる存在です。
身近な人だからこそ、本音を打ち明けられないという事もあるでしょう。ジェンダーの問題は特に身近な存在だからこそ、言えない苦悩が付きまといます。そんなとき、”緩いつながりを持つ信頼できる存在”。そんなキャリアコンサルタントでありたいと思っています。

著者:神田くみ  |Instagram:https://www.instagram.com/kumi3_desu/

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